充実と怠惰のあいだ

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充実と怠惰のあいだ

怠惰と戦いながら充実を目指すが、やっぱり怠惰つええ。。。

遠い先の夢ばかり追っていないか

このことは自分の生き方を振り返ってみて、つくづくと反省するから書きます。

 それはタイトルにも書いたように、遠い将来の夢ばかり追って、現実の毎日をあまりにも軽く考えていたということです。
 今から考えると誇大妄想狂だったのかも知れません。 自分はこんなものではないはずだと考えて、そのくせ大した努力はしていなかったように思います。
 
 将来に対して希望や夢を持つことは必要なのですが、その夢に捕らわれて現実の毎日の生活を軽んじていたのです。 自分はこんな小者ではない、もっと力のある人間だと思い込んでいたのです。 力のある人間は毎日のささいなことに、いちいち携わる必要はないと考えていたようです。 その結果自分の日常生活をないがしろにしていたように思います。 
  将来の希望も夢も毎日の生活の上に成り立っているということが、分からなかったのです。 
自分の夢や希望は、自分は努力しなくても、突然かなえられるように思っていたのです。

 これが現実を無視するということだと思います。
 遠い先の希望や夢にだけ捕らわれて、いま現在の自分の置かれている立場を理解できなくなる、これが現実を無視することだと思います。

 多くの人にとっては当然のことでしょうが、私にとっては当然のことではなかったのです。 一日一日の努力の積み重ねが、将来の夢の実現を約束してくれるものだということを分からなかったのです。 私は中高大と教育を受けたので、次のような言葉は中学生のうちから知っていましたが、
   知識として知っていただけで、実はなにも理解してはいなかったのです。
  
 それは聖書の中にある有名な言葉です。 記憶は定かではないのですが、「マタイによる福音書」のなかにある「山上の説教」のなかの一節です。
 内容的なことだけ書きますが、
イエスが人々に向かって

「なにを明日のことを思い煩っているのか。 空を飛んでいる鳥をみなさい。 鳥たちは明日のことを心配しているのか、なにも心配していないではないか。 鳥たちは今日一日だけを生きようとしているのだ」
という内容です。

 「今日は今日のことだけの心配で十分だ。 明日のことは明日になったら考えなさい」ということです。
 現実的に考えれば無責任なように聞こえます。 人間生きていくかぎりは、将来のことを考えなければ生きていけないのですから。
 この言葉の意味は、「今日を一生懸命に生きれば、明日のことは自然に心配しなくても生きていける」ということなのです。

 毎日努力を重ねていれば、将来のことは心配する必要がなくなるということです。

  今日一日を精一杯生きれば、明日のことを不安に思わなくてもいいということです。 と言うか、
   今日一日一日に全力投球していけば、明日のことは自然についてくるということなのです。

 だれにも明日への不安はありますが、不安のとりこになって今日という大切なときを失ってはならないということだと思います。 我々は往々にして不安に襲われて、いまというときを無駄にすることが多すぎるのではないでしょうか。 不安に襲われても生きていくためには、いまを精一杯生きるしかないのです。

  私には夢はあっても、その夢を実現するために一日一日を大切に生きていくという姿勢が欠けていました。 当然生きることも中途半端だったし、仕事も学業も自分では一生懸命努力したつもりですが努力の仕方がおかしかったし、なにかと理由を付けては遊ぶことが優先されていました。そんな人間に幸せがほほえむことはなくてあたりまえです。
 
  自分流に考えると、自信のない人は夢ばかりみて現実を無視するし、自信のある人は夢と現実のバランスの取り方の上手だと思います。 自信のある人は夢と現実のバランスがとれているので、自己実現ができて、ますます自分に自信をつけていくのです。 逆に自信のない人は、自分の夢が実現されることがないのでますます自信を失い、その結果なにもやる気がなくなっていくのです。 私がそうでした。 だから他の人も同じとは限らないのですが、参考にはなるとは思います。

 日々の生活のささいなことを大切にするようになってから、自分に自信を持てるようになったと感じています。 現実から逃げないでやるべきことをやる、理由をつけて先延ばしすることを止めてから(いまでもありますけど)、自分に自信を持てたと思います。 夢を追うことが悪いことではなく、夢だけを追って現実に目が届かなくなることがいけないのです。 いま苦しんでいる人も将来のことだけを考えてしまい、現実が正しく認識できなくなっているのではないでしょうか。 現実を正しく認識できなければ、問題は解決できなくて当然になってしまうのです。 
  

  だから、どんなにつらくても、どんなに苦しくても、現実を見つめることが欠かせないのです。 悩みや苦しみから長い間抜け出せなくなってしまう理由のひとつは、現実を認める、現実を受け入れることができないからではないでしょうか。
 


  現実を受け入れる勇気を持つことができなければ、人生は苦しさだけになると思います。
 このことは声を大にして叫びたいのです。 いま苦しんでいる人はその苦しみを認めることが必要ではないでしょうか。
 そのときに大切なことは、その原因がたとえ他人から与えられたようなものでも、なぜ自分が他人からそのような仕打ちを受けなければならなかったのかを、必ず考えてみることです。
 
  単純に原因を他人に転嫁しても問題は解決しないはずです。 

 自分が他人からそのようにされる原因を自分で無意識のうちにもつくりだしていたのではないかと反省してみることが大切です。

 このことは自分をいじめることとは違います。 反省と自分をいじめることとは違います。 反省することは必要ですが、自分をいじめてはいけません。
 
 

 とりまとめ、

  「夢を実現するには一日一日の生活を大切にして、生きていくほかに道はない」

と確信しています。
 夢は宝くじのように突然やってくるものではありません。 突然にやってきた夢は、突然と消えてしまいます。 自信のある人は一日一日を大切にし、自信のない人に限って一日一日を無駄にしていると思います。 たまには一日くらい無駄にすることは必要なことでもあるのですが、毎日を無駄にすることは誉められたことではないと思います。
今という時間をいかにして自分と夢を同調させるのか、ということを常に考え、実行していく毎日こそが夢を叶える第一歩だ、と私はおもいます。